天地創造

ちょっと世界作ってくる

結果が先なのか。

こんばんは、イズミです。

 

 

日々、考え中。

いや、考えるな感じろで行きたいのですが、昔から考えるの大好きでやめられないので、エゴに飲まれないようにはしております。

 

でも実は、ちょっと落胆していたのです。

ついに・・・求職活動を再開することにしました。

当初の想定よりもずいぶん長く無職できたのでむしろすごいといえばそうなのですが。笑

ハロワに行って紹介状を作成してもらったので、明日以降いろいろ応募をしようかなと思っております。

 

で、なぜ落胆なのか。

ここに至るまで、特に先月から最近まで真剣に「自分は本当はどんな仕事が好きなのか?何をしたいのか?」ってずっと考えていました。

でも、わからなかったんです。本当に。。

実はネットショップをしようかなって少し考えていました。数年前、某国の洋服に一目ぼれして輸入代行まで使って購入しました。伝統的な職人技が活かされた美しい布を使っていて、それを売って広める=伝統を守るという意義もあるし、しかもすでにある程度の需要があることもわかっていたので売るならこれしかないと思っていました。

試しに数着だけ仕入れました。SNSアカウントを用意して、商法を確認して、ショップ名を考えて・・・でもなぜかそれ以上動けませんでした。

わたしが好きなのは「その服」であって、「それを売ること」じゃないなって思ってしまったんです。

これはわたしの考えですが、好きなことで生きていく場合、その好きなことって「名詞」より「動詞」であることが重要だと思います。もちろん「この商品が大好きだ!!!どんな苦労があってもこれを売りたい!!!」ぐらいの熱量があれば別かなとは思いますが・・・。

日本でモロッコ雑貨ブームを作った起業家さんがいらっしゃいますが、その方はもともとアパレル関係の方でしたし、やはり商品だけではなくて「売ること」にもエネルギーを割けないといけないんですよね。

 

そして完全に暗闇に入り込みました。笑

半年も休んだのにわたしは自分の好きなことひとつわからない。何のためにお金を使い果たしたんだろう。潜在意識でも何も引き寄せられないじゃないか。気がつけば不安なことばかり考えて・・・無職で、独身で、スピリチュアルに傾倒して、無駄に太っただけの残念ミドサー女じゃないか・・・・・・・・・・・・・・・・・と。

そんな感じで、実はハロワに行く前も憂鬱だったんですよ。何も変えられなかった、負けた・・・みたいな。笑

 

ところで、最近某達人さんのブログをずっと読んでまして。前から少しずつ読んではいたのですが、急に「もっと読まなきゃ」という気分になったんです。

それで、「あなたが過程を経て結果を得た!と喜ぶとき、それは逆で、あなたが「喜ぶ」と決めたから過程と結果がついてきただけのことです。」(もっと具体的でしたが要はこんな意味の文でした)という記事を読んだとき、なんとなく腑に落ちた感じがしました。

「なるほど?じゃあこの現実・・・「働かないとお金がない」という現実はわたしに必要だからわたしが作っているのか。つまりわたしは「働いてお金を稼ぎたい」のか。そしてこれもさらに過程となり、その先にまた別の結果があるのかもしれない。」と。

「神の完璧」「自由意思はない」と混ざってるような気もしますし、「いやお前が不足をみるからそうなってるんだろ」と言われたらそれもそうか・・・って感じなんですけど。笑

でもなんかしっくりきたんですよ。不足を見てはいけないとか、まだ認識変更できてないと思うからそうなってしまうとか、いちいち気にしてたら本当に一生何もできない。わたしは全てを完璧に作ってる。だから目の前の現実はそれでよくて、でも次の瞬間にはまた無限の可能性があり、そこから「今」にとって完璧な世界が再生成されるだけ。

 

さて、まとまらなくなってきたのでこのへんにします。

そうそう、先日「ラットレースから抜け出す方法」を読みました。もう買えないので図書館で借りたのですが、潜在意識的にもかなりためになるというか、ちょっとした気づきを得られる良書だと思いますのでぜひ!

あ、メルカリで買わないでくださいね。3万円とかふざけた値段になっていますので。笑

 

それでは、また。

 

 

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